2016年1月19日火曜日

ディスクリートは音が良いのか?

Neve BA283

さてさてこの頃うちのような所以外でも、主にプロオーディオ界隈では“ディスクリート”という言葉をよく耳にするようになりましたね。ディスクリートだとかクラスAでナントカとか、街の機材屋さんでも頻繁に謳い文句に使われています。
本日のエントリはディスクリートは音が良いのか?ということに関する諸々です。


そもそもディスクリートとは何かと言うと、ICのような素子や部品の集積を行わないで組まれた回路のことです。これに当てはまる代表格はオールドのNeveAPIQuadEightなどですね。

しかし少なくとも2016年現在では主流はICになり、ICは音声デバイスの殆どで何らかの形で使われています。

古典的なDIP8パッケージのICオペアンプ

その代表例がオペアンプです。
オペアンプというとシグネティクスNE5532などの音響ICが沢山ありますが、なぜICにするかというとまずサイズの問題です。集積化すればサイズも小さくなります。同時に製造も部品をひとつひとつ実装するディスクリートとは違い、ウェハーされた部品を積層していくので大量に生産することができ、コストが下がります。サイズもコストも下がるのであれば、メーカーとしても大きさの制約もある音響機器に使わない手はありませんね。
またアイドリング電流などで動作が大きく変化してしまうディスクリート構成のアンプと違い、ICは同じロットなら特性がほぼ全て同じです。品質を均一化するにも好都合です。

ディスクリートオペアンプのひとつ、John Hardy 990

それに対しディスクリートのオペアンプも存在します。API2520などはいわゆるディスクリートオペアンプで、集積化されていない半導体を組み合わせて作られています。サイズは大きく、小型にモールドされていても3cm四方ぐらの大きさになり、熱をもつ場合があります。

さて、この2つを比較すると小さくなったICのほうが一見優れているようにみえます。
実際にオペアンプの回路図を見てみるとわかりますが、内容的にはやっていることは同じです。ICのオペアンプのほうが部品点数や位相補償のコンデンサが多めに挿入されている傾向はありますが、作動入力段>ドライブ段>出力段の3-4段構成というはほぼ同じです。

では、肝心の音質は…ということですが、僕の結論から言うと「同じ回路をICとディスクリートで組むなら、ディスクリートのほうが音が良いことが多い」ということです。逆に言えば、とりあえずディスクリートで組んだからといって、音がICより優れているとは限りらないということです。条件が異なればS/Nや周波数特性では大きく劣る可能性があります。例えばトランジスタやFET一本だけの回路もディスクリートになってしまいますしね。

具体的にディスクリートとICで顕著に音質差が出る事例をいくつか上げると、特に大きい電流を扱うデバイスだと顕著に出る傾向があります。例えばトランスをドライブするときなどはその傾向が強く、いわゆる600Ωドライブ可能なICでも、ディスクリートでSEPPを組んでドライブさせた回路のほうが音がエネルギッシュになることが多いです。

またマイクプリアンプやMCヘッドアンプなどの40db〜60dbと増幅率が非常に高いものも該当します。高性能ICで作ったヘッドアンプはクリアかつリニアな音質が気軽に手に入るというメリットもあるのですが、ディスクリートだと高域や低域も豊かなのに不思議と嫌味のようなものが少ない気がします。

あと世間ではあまり語られませんが、自分が個人的に変わるなと思ったのがディスクリート電源です。例えば世間のプロオーディオ機器でディスクリートが売り文句のような商品でも、電源自体はスイッチング電源や三端子レギュレータで済ませているものが殆どです。ですが、組もうと思えば電源もディスクリートで作ることが可能です。実際に作動アンプ形式のディスクリート電源を製作したことがありますが、三端子レギュレータ+トロイダルトランスの電源と同じアンプで聴き比べて耳ではっきりわかるレベルで違いが有りました。明らかにディスクリートのほうがパワーがありました…。

理由は色々とあると思うのですが、やはり集積されていない素子は素子自体が大きい代わりに電流を多く流せるという構造的な余裕に起因すると自分は考えています。実際に同じディスクリート半導体でも、メタルカンパッケージのものは特に音質や熱特性に優れているのがその証拠なのかもしれません。

ここまでだとディスクリートのメリットばかり列挙してしまいましたが、もちろんデメリットもあります。まずは大きさや発熱の問題は前述でだいたい察しがつくと思うのですが、構成している個々の半導体の誤差です。特にディスクリートの半導体は熱を持ったり電流を流していくと徐々に挙動が変化することが多く、ある程度安定化させるには緻密なバイアスやDC調整が必要になります。多チャンネルのミキサーやプリアンプだと、個々のチャンネルの音質差が出ることがあります。

電子バランス出力の回路も、完全ディスクリートでやると位相のズレが生じやすく、最初からバランス出力専用に設計されたSSM2142などを使ったほうが高精度のバランス出力が得られます。(トランスを使う場合は無関係ですが)近年ICオペアンプの性能向上が著しいこともあり、特に歪率の特性に関して言えば最新ICのほうが上です。

…とまあ色々な差異はあるものの、音質に関しては未だにディスクリートには軍配が上がるのではないかというのが僕の意見です。

もちろん、超高性能ICも次々に開発されているのでこの先どうなっていくのかは分かりません。しかし、良質なディスクリート半導体が次々にディスコンになっている今、いつかはディスクリートの音は失われてしまうのかもしれません。

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